はじめに
本稿は、PMI ThinkTankが自らの位置と機能を再定義するために書かれたポジションペーパーである。組織の自己定義とは、本来、外部環境の変化に対する応答として行われる。したがって本稿では、一般社団法人Public Meets Innovation(以下、PMI)及び、PMI ThinkTankという一組織の来歴を語る前に、まずこの10数年のあいだに日本の社会運動と言論をめぐる環境がどのように変質したのかを記述することから始めたい。
本稿では、大きく3つのステップを踏んで、今の時代とその先のPMI ThinkTankの在り方について検討する。第1に、2010年代を「下からの社会運動の時代」として振り返り、そこで若い世代が中心となっていた組織が担っていた機能を確認する。次に、その担い手自身が「責任世代」へと移行したことと、言論環境が「ナラティブと語り手の時代」へと移行したことという、2つの並行する変化を記述し、その結果として生じている機能的な空白を特定する。第3に、その空白に対する応答として、PMI ThinkTankを「ThinkTank with Media」として再定義し、具体的な活動の3本柱を提示する。
1. 下からの社会運動の時代
2010年代の日本社会において、若い世代が組織した社会運動は、社会と政治の意思決定に対して一定の影響力を行使しうる回路であった。PMI、NO YOUTH NO JAPAN、日本若者協議会、リディラバ、PoliPoli、笑下村塾といった団体は、いずれも20代から30代の”若い”担い手によって立ち上げられ、それぞれに固有の手法でムーブメントを形成した。本稿では、この時期を「下からの社会運動の時代」と呼ぶ。彼らをあえて「下からの社会運動」と形容するのは、その特徴を強調するためである。明確にクレイムの宛先に彼らよりも上の世代を設定し、その立場性(下の世代から上の世代へ)を自らのアイデンティティに用いている。これらの点から、こうした運動を「下からの社会運動」と定義する。
それぞれの手法は多様であった。ある団体は、選挙のたびにソーシャルメディア上で情報を編集して発信し、投票という行為に付随する心理的・情報的な障壁を引き下げようとした。ある団体は、中高生や大学生といった当事者の声を集約し、それを省庁や政党に提出可能な提言という形式へと翻訳した。ある団体は、社会課題の現場へ人を連れて行くスタディツアーを通じて、個別の困難を「構造」として可視化する回路をつくった。ある団体は、お笑いという回路を用いて、政治や社会課題を教室のなかに持ち込んだ。
手法の差異にもかかわらず、これらの実践には共通する構図があった。すなわち、担い手は意思決定層の外側に立ち、そこに向けて声を上げるという構図である。社会学の語彙を用いるならば、これらはクレイム申立ての実践であり、社会問題とは客観的に存在する状態そのものではなく、それを問題として定義し主張する活動によって構築されるという理解に、実践の側から対応するものであった。
この時代の運動が残した成果は、個別の政策の実現という水準よりも、むしろ議題設定(agenda setting)と手続きの水準において顕著であった。「若者政策」という語彙が政策討議の場で一定の通用力を得たこと、若い世代の声を聴取するという手続きが審議会や各種会議体の設計に部分的に組み込まれたこと、そして何より、社会に対して声を上げるという実践それ自体が、一部の活動家に固有のものではなく、同世代にとって参照可能な選択肢として提示されたことである。運動は、政策の内容を直接書き換えたというよりも、政策が書かれる場の入口を押し広げた。
そして、担い手自身にとってこれらの組織は、単なる主張の手段ではなく、同世代のネットワークを形成し、専門性を蓄積し、社会関係資本を獲得する場でもあった。この点は、次節で述べる変化の伏線となる。
2. 若者世代から責任世代へ
2010年代を通じて声を上げてきた担い手たちは、その後、年齢を重ねた。彼らは企業、行政、政治、アカデミア、あるいは自らが立ち上げた事業体の内部で、意思決定に関与する位置を占めるようになっている。かつて彼らが「突き上げ」の対象としていた層に、彼ら自身が接近し、あるいはすでにその一部となった。
この移行は、単なる世代交代ではない。運動の担い手の立場が構造的に変化したことを意味する。彼らは「責任なきクレイム申立ての主体」から、「責任とクレイム申立てをともに引き受ける主体」へと変化した。かつて自らが提出した宿題を、いまや解答する側で受け取る立場になったのである。本稿ではこれを「責任世代」への移行と呼ぶ。
この移行は、組織の正統性の源泉を書き換える。外部からの声としての正統性は、代弁の正確さと切実さによって担保されていた。すなわち、聴かれていない声をいかに忠実に、いかに強く届けるかが問われた。これに対して、内部で決定に関与する立場の正統性は、実際に何を成し遂げたかによって担保される。同世代の意見を集約して上位者に伝えるという機能だけでは、もはや十分ではない。行動の主体としての側面が、これらの団体においてより強く要求されるようになった所以である。
PMI ThinkTankにとって、この変化は自らの持ち味を活かしにくくする方向に作用した。政策の改善策を構想し、それを説得力ある形で主張するという能力は、この組織が蓄積してきた中核的な資産であった。しかし責任世代の論理のもとでは、その主張が実際に社会へ実装される経路を、現実的な手段として保有していることが同時に問われる。構想する能力と実装する能力が分離しているとき、前者だけを保有する組織の輪郭は不明瞭になる。
こうして、2010年代というひとつの時代は終わった。
3. ナラティブと語り手の時代
PMIが責任世代の組織へと変化していく一方で、社会思想を取り巻く言論環境の側にも変化が生じていた。この変化の背景には、複数の構造的要因が重なっている。新聞・テレビを中心としたマスメディアの経済基盤が縮小し、調査報道や解説の担い手が薄くなったこと。SNSのタイムラインが時系列から関心ベースの表示へと移行し、匿名の組織アカウントよりも顔の見える個人の発信のほうが人の目に触れやすくなったこと。そして、社会が扱う課題が複雑化するなかで、一次情報そのものよりも、それを解釈し文脈づけて届ける役割への需要が相対的に高まったこと。これらが重なり合った結果として生じたのが、「ナラティブと語り手の時代」への移行である。
ここでいう移行とは、統計データや数理的なエビデンスが不要になったということではない。むしろ、それらを包含したうえで文脈づけ、ひとつの物語すなわちナラティブとして構築し、固有名を持つ語り手として発信することが、言論の基本単位となったということである。人を動かす力の源泉が、誰が書いたかを問わない調査報告書から、誰が語っているかがはっきりわかる個人の解釈へと移った。
代表的な語り手として挙げられるのは、ポッドキャスト「2020's」をホストする一般社団法人De-Silo、石田健氏が編集長を務めるウェブメディア「The HEADLINE」、独立系VCのANRIでベンチャーキャピタリストを務める中路隼輔氏(及び同氏の時代社)、東京大学FoundXディレクターなどを務める馬田隆明氏といった個人および組織である。
こうした語り手に共通するのは、国内外の政治的・社会的状況と、自身が専門とする領域とを掛け合わせ、複数の媒体を横断しながらナラティブを構築するという作法である。彼らの多くは、アカデミアの内部ではなく、インダストリーに根を張っている。そのことが、彼らのナラティブに独特の到達範囲を与えている。すなわち、学術的な議論への影響を持ちつつ、同時にビジネスパーソンがそれに呼応するという、「下からの社会運動の時代」とはまったく異なる言論環境が形成されている。
この変化は、組織の機能そのものを書き換えた。下からの社会運動の時代における組織とは、直接行動のハブであった。これに対して、ナラティブの時代における組織とは、情報加工と発信のためのハブである。クレイム申立てという機能から、メディア機能への移行が生じている。
しかし、ここには、脱政治化という問題が存在している。特定のイシューに対して特定のスタンスを取るのではなく、極めてニュートラルらしく振る舞うことが、この環境における暗黙の規範となっている。この規範は、語り手個人の資質の問題ではなく、構造的に要請されたものである。到達範囲を最大化しようとすれば、読者層の政治的多様性を前提とせざるをえない。継続的な発信を成立させようとすれば、支持基盤を狭める選択は避けるべきである。分析者としての信頼性は、しばしば立場を持たないことと同一視される。中立性は、この環境における合理的な戦略なのである。
その帰結として、彼らは情報の生産と流通の担い手ではあるが、下からの社会運動が有していたクレイム申立てと、その解決を社会に実装する担い手ではない。何が起きているかを解釈する能力は蓄積されているが、何を為すべきかを規範的に主張し、その主張に責任を負う機能は、どの組織にも明確に帰属していない。
ここで確認しておくべきことがある。個々の語り手にとって中立性が合理的であることと、社会全体にとってそれが望ましいこととは、別の問題である。一人ひとりが到達範囲を最大化するために立場の表明を控えるという選択は、それぞれの水準では正しい。しかしその選択が集計されたとき、規範的な判断を引き受けるアクターが言論空間から消失する。個別の合理性が全体の不合理を生むという、古典的な構図がここにある。
さらに、中立らしさは実のところ中立ではない。何を論点として取り上げ、何を取り上げないか、どの対立軸で問題を切り分け、誰を当事者として位置づけるか。これらはすべて判断であり、記述はその判断から自由ではありえない。中立性が問題であるのは、そこに立場がないからではなく、立場が明示されないからである。明示されない立場は、読者にとって検証も反論もできない。逆にいえば、立場を明示することは分析者としての信頼性を放棄する行為ではなく、その信頼性を検証可能にするための条件にほかならない。
(図1)PMI ThinkTankの現在地とこれから
そして、第2節で述べた実装への責任は、立場の表明を論理的に前提とする。何を為すべきかについての判断を保留したまま、制度を設計することはできない。設計とは、複数の価値のあいだで優先順位をつける作業だからである。責任世代が引き受けるべきものが実装への責任であるとすれば、その手前にある規範的判断を回避することは許されない。中立性が合理的であるという事実は、それを選択する理由にはなっても、それを引き受けない理由にはならない。
この空白、すなわち、図1で示す立場を明示し、構想と実装が機能の重心を占めている組織は、3つの要素から構成される。第1に、特定のイシューに対して規範的な立場を取ること。第2に、その立場を制度設計や政策の言語へと翻訳すること。第3に、翻訳された構想が実装される過程に随伴し、その帰結に対して責任を負うこと。この3つを一貫して引き受けるアクターが、現在の日本において希薄である。
この空白とは何であり、誰が何を為すべきなのか。以下は、その問いに対するPMI ThinkTankの応答である。
4. 「Media with ThinkTank」から「ThinkTank with Media」へ
時代の変化とともに、PMIのスタンスとポジションもまた変化してきた。現在と、これからの社会に求められる民間独立系シンクタンクとして、PMI ThinkTankを次のように自己定義したい。
PMI ThinkTankとは、事実とデータ、および人文・社会科学の知識に基づいて、社会の思想や価値観の基盤となる知見を届ける組織である。
この定義には、時間軸についての含意がある。社会で起きるさまざまな事象や変化を観察し、それに即時的に反応することは、必要ではあるが十分ではない。求められているのは、変化する社会のなかで参照点として機能しうる知的生産である。参照点とは、それ自体が新奇な情報を提供するものではなく、他者が自らの位置を測るために用いる座標である。座標は、速報性ではなく、一貫性と持続によって成立する。
前節で新しい語り手として言及した個人および組織は、「Media with ThinkTank」と称することができる。彼らの主たる機能は、社会に向けて広く発信し、自らが収集・加工した知見を届けることにある。その意味で、シンクタンク機能を備えたメディアと評価できる。重心は発信にあり、知的生産はその発信を支える資源として位置づけられる。
そうしたアクターがすでに多数存在し、一定の評価と支持を得ている状況を鑑みるならば、いま不足しているのはその逆、すなわち「ThinkTank with Media」であると考える。メディア的な発信能力を有するシンクタンクの存在である。ここでは重心が反転する。中核にあるのは構想と検証であり、発信はその構想を社会に接続するための手段として位置づけられる。
両者の差異は、担い手の能力や誠実さの差ではなく、何を中核に置き、何を手段として位置づけるかという、機能の配置の違いである。「Media with ThinkTank」が問うのは、何が起きているのかである。「ThinkTank with Media」が問うのは、何を為すべきかである。後者は必然的に、規範的な立場を取ることを引き受ける。脱政治化した言論環境において、この引き受けこそが希少な機能となっている。
5 ソートリーダーとしてのPMI ThinkTank
新しい時代の新しいシンクタンクとして再定義したPMI ThinkTankでは、次の3つの活動を行う。(1)Democracy 2.0、(2)PMI政治意識調査、(3)PMI Observationsである。
この3つは、時間軸によって整理することができる。Democracy 2.0は未来を構想し、PMI政治意識調査は現在を継続的に観測し、PMI Observationsはその両者を往復しながら、構想と観測のあいだに橋を架ける。構想なき観測は評論に、観測なき構想は空想に、それぞれ帰着する。3つが相互に参照されることによって、はじめて参照点としての知的生産が成立する。
5-1 Democracy 2.0
PMI ThinkTankが目指すのは、民主主義をめぐる諸問題を乗り越え、より包摂的な民主主義体制を構想し、実装することである。そのために、PMI ThinkTankは現行のver.1の次にあたる、Democracy 2.0の構想に取り組む。
Democracy 2.0という呼称は、既存の民主主義を廃棄して別のものに置き換えるという含意を持たない。それは、代表制民主主義という基本設計を維持しながら、その周辺の制度と技術を更新するという企図である。以下に、その構成要素として現時点で想定する四つの軸を示す。これらは確定した結論ではなく、今後の調査と論考を通じて検証され、修正されるべき作業仮説である。
第1に、代表と参加の再設計である。現行の制度において、誰の選好がどのような経路で決定に反映され、誰の選好が構造的に反映されないのかを記述したうえで、選挙以外の参加回路をどのように制度化しうるかを検討する。無作為抽出による市民会議、請願や陳情の制度的位置づけ、地方自治体における参加型予算などが、具体的な検討対象となる。
第2に、熟議とテクノロジーである。意見の集約は、多数決という単一の技術に還元されるものではない。デジタル技術は、大規模な意見の可視化と構造化を可能にする一方で、分極化を加速させる装置としても機能してきた。技術を熟議の敵と見なすのでも、無条件の解決策と見なすのでもなく、どのような設計条件のもとで技術が熟議を補強しうるのかを特定する。
第3に、実装能力である。前節で述べたように、構想と実装の分離は、現代における政策論議の中心的な困難である。決定された政策が、実際の制度、予算、人員、そして市民が接するサービスへと変換される過程には、固有の制約と失敗の様式が存在する。この過程を可視化し、実装可能性を構想の段階に組み込むことは、Democracy 2.0の不可欠な要素である。
第4に、情報環境である。以上の3つの軸は、市民が共有された事実の基盤にアクセスできることを前提としている。この前提が揺らぐとき、参加も熟議も実装も、その正統性の基礎を失う。ジャーナリズムの経済的持続可能性、プラットフォーム上の情報流通の構造、生成AIによる情報生産の変容といった論点は、民主主義論の外部にある技術的問題ではなく、その内部にある。
これら4つの軸を貫く視点として、世代間の公正を置く。人口構造の非対称が固定化された社会において、現在の有権者の選好の集計が長期的な社会的厚生と乖離しうるという問題は、民主主義の設計そのものに関わる。この視点は、PMIという組織の来歴にとっても、必然的な関心である。
5-2 PMI政治意識調査
Democracy 2.0を未来に向けたプロジェクトとして捉えるならば、現在を確実に捉えることもまた重要である。そうした視点から、PMI ThinkTankでは2023年より、政治意識に関する調査を継続的に実施してきた。
この調査では、支持政党や政治的立場といった標準的な項目に限らず、その時々で争点となっている事象に対する意見、さらには民主主義そのものに対する考え方や現状の認識についても質問してきた。単発の世論調査が個別の争点への賛否を切り取るのに対し、この調査が捉えようとしているのは、争点の背後にある政治意識の構造と、その時系列的な変化である。
継続性は、この調査の中核的な価値である。同一の設問を反復して問うことによってはじめて、ある時点の数値が高いのか低いのか、変化しているのかしていないのかを判断することができる。PMI政治意識調査は、PMI ThinkTankの風見鶏として、市民社会の変化と政治意識の変化を計測し、Democracy 2.0の構想に対する経験的な制約条件を提供する。
5-3 PMI Observations
しかし、半年に一度、1本のレポートやペーパーを公表するだけでは、加速し続けるこの社会の相貌を捉え、知見を広く社会に届けることはできない。調査の周期と、社会の変化の周期は一致しない。
そこでPMI ThinkTankでは、不定期でエッセイ形式の論考を公開する。これがPMI Observationsである。
この形式が担うのは、2つの機能である。
第1に、調査と構想のあいだにある観察を、完成を待たずに流通させることである。学術論文の形式が要求する完備性は、時宜を得た介入と両立しないことがある。エッセイという形式は、暫定性を明示したうえで論点を提出することを可能にする。
第2に、規範的な立場を明示することである。前節で述べた脱政治化の規範に対して、PMI Observationsは、誰が書き、何を主張しているのかを明らかにした論考として提出される。それは、シンクタンクが発信能力を持つということの具体的な形式にほかならない。
おわりに
本稿の議論を要約する。2010年代の「下からの社会運動の時代」において、若い世代の組織はクレイム申立ての主体として機能し、議題設定の水準で一定の成果を残した。その後、担い手自身が「責任世代」へと移行し、主張することの正統性は実行することの正統性へと置き換えられた。並行して、言論環境は「ナラティブと語り手の時代」へと移行し、組織の機能は直接行動のハブから情報加工と発信のハブへと変化した。この二つの変化の交差点に、規範的な立場を取り、それを制度の言語に翻訳し、実装まで随伴するという機能の空白が生じている。
PMI ThinkTankは、この空白に対する応答として、自らを「ThinkTank with Media」として再定義する。すなわち、事実とデータ、および人文・社会科学の知に基づいて、社会の思想や価値観の基盤となる知見を届ける組織であり、その知見を社会へ接続するためにメディア的な発信能力を用いる組織である。Democracy 2.0によって未来を構想し、PMI政治意識調査によって現在を観測し、PMI Observationsによってその両者を往復する。
この再定義は、かつての「下からの社会運動の時代」への回帰ではない。あの時代の運動が有していた規範性を引き受けながら、責任世代としての実装への責任と、ナラティブの時代における発信の作法とを、同時に保持しようとする試みである。3つの時代のそれぞれが要求するものを、ひとつの組織の内部で両立させることは容易ではない。しかし、その困難を引き受けることなしに、現在の空白は埋まらない。
参照点は、単独では成立しない。それを参照する他者が存在してはじめて、座標としての機能を持つ。本稿は、PMI ThinkTankの立場の表明であると同時に、この空白の存在を認識し、それぞれの位置からこれに応答しようとするすべての個人と組織に対する、対話の呼びかけである。
発行 PMI ThinkTank(一般社団法人Public Meets Innovation)
著者 田中佑典、上野裕太郎
発行日 2026年9月1日(version 1.0)
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